【プリン それと同じく丸い焚き火台】

一輪駆動

2022年12月16日 15:04






4:30。

2つかけた目覚ましを暗闇の中で探す。

えいや、と勇気を振り絞ってぬくぬくの布団から抜け出る。

冬のこの時ほど、勇気を必要とされるタイミングは無いのではないか。







府中街道は出勤や業務のクルマで溢れ返っていた。

R246まで出ると、快適なスピードに変わっていった。

ルームミラーの中の朝陽はいつもより大きかった。

時折り月もやたらと大きく見える時がある。

あれは何故なのだろう。











ロードタイプの自転車が速いペースのクルマと並走。

保土ヶ谷バイパス並みのR246では、混走はひたすらに怖い。

制度と実情が合っていないと感じた。

事故があってからでは遅い。















買い出しに寄ったスーパー。

納品で停まっていたトラック後ろのパワーゲート上からこちらへ、

「おはようございます!」と挨拶の声が聞こえた。

こちらも挨拶を返しトイレへ駆け込む。

座ってふと考えると、スーパーの従業員ならまだしも、お客さんにまで挨拶するとは凄いことだなと。







身軽となってトイレのドアを開けると、まだそのトラックは作業中だった。

余計なお世話と分かっているが、ヲッサンはついつい言葉にしてしまう。

お客さんにまで挨拶するって凄いことですね、と。

「いや〜、そうですか?なんかありがとうございます」

と帽子の後ろから長い髪をなびかせた兄ちゃんは照れながら笑う。










道志のキャンプ場に向かう時は必ずここで買い出しを済ませていた。

スーパー・ビッグ二本松店。

しかし12月いっぱいで閉店のお知らせが掲示されていた。

早朝の買い物は、おじいちゃん、おばあちゃんに囲まれて品定め。

彼らは今後どこでどう購っていくのだろう。

足腰を思うと心配になる。














ヱビスを確保しておこうとコンビニに寄ると、安売りカゴの中にキリン・ラガーが20%オフで放り込まれてあった。

中東系の店員に安売りの理由を尋ねると、流暢な日本語で

「廃番になるので在庫一掃ですよ!」

元々日本で生まれたのかな、それとも努力の賜物なのか、いずれにしろ他言語をここまで使いこなせる彼の育ちの経過に舌を巻いた。




















オーナーへ久しぶりの挨拶と受付を済ませ、坂を右手に降りパンダサイトへ。

平日でも4サイトが埋まっていた。

明日朝の陽当たりを考え、上流側へクルマを進める。

地面の濡れを見ると、この時期、結露は凄かろう。

まだ安寧な眠りを貪っている方もあろうかと、静々と奥へ。









友より現在「調布を進行中」とラインが入った。




バイクなら通勤渋滞にハマることもなかろう。









まだサイトには陽が当たらない。

薄暗い河原へ降りてみた。




ここにしよう。




午前中は上流からの風が強い。

手始めに敷いたグラウンドシートが舞い上がるほど。

タープ寝は諦め、サーカスを引っ張り出した。

しかし幕の開口部は自然物に向けたい。

風の通り道と己が望む景色とのぎりぎりにペグを打ち込む。














心に余裕があると道具をフルに出したくなる。

逆の時はシンプル設営。

自分の今の心持ちを知るには、良き指標。










久しぶりに欲しくなったキャンプ道具。

前回、K君にお披露目された円形の焚き火台。

しかし個人工房で製作という事で、現在は生産中止で入手困難。



でも欲しい。



何台かの焚き火台で焔を楽しんできたが、薪をくべる、焔を利用する、その両立が叶うものをずっと探し求めてきたのだ。









同じ構造のものを手に入れた。

本当は本家を買うべきだろう。

出来るならば開発費に対して敬意を払いたい。

しかし現状手に入らない。




でも欲しくなったらタマランのだ。




メルカリでは五万といった途方も無い額で取り引きされている。

転売に手を貸すのも嫌だ。













構造としては六角形の柱が立ち、円形の火床を乗せ、そこへ五徳を保持する支柱を追加する。

その支柱を噛ませる位置が、奥でも良し、中央でも良しと選択肢を持っている。

奥に五徳を追いやれば、手前から楽々と薪をくべられる。

それでいて焔を鍋に当てられる。

組み立ても簡単で、火床を押してみても歪みはそれほど無し。

収納も小さくまとまるので、移動も楽と文句なし。


















焚き火台を据えて設営は完了。

まだアルパカを出していないが、夕方の冷えを見てからでも遅くないだろう。

そこまでの酒量と、作業との格闘となるのは目に見えているが、そんなことも楽しめる余裕が自分にはあった。


















大袈裟だが我慢に我慢を重ねてヱビスを開栓。

アテには焼豚と辛子明太子。

陽だまりが下半身をふんわりと包み込んでくれる。












ヱビスにアテに陽だまりときたら、欲しいのは小説。

昭和57年、1982年増版の大藪春彦著「汚れた英雄」

丁度、40年前の文庫本だ。

紙は茶色く経年劣化し、あちこちに染みがある。

新聞配達のバイト代で手に入れたものだ。

思えば中学生でこの本に出会い、その後の生き方さえも変えてしまった作品。

こいつをヱビスとともに味わう。

懐かしい記憶が、頁を繰ると甦る。


















早起きとヱビスとの相乗効果でうつらうつらしていると、単気筒の低めな音が。

並列ツインのVストロームの音とは違う。

このバイクは違う人か…

幕から出てみると、赤白のホンダカラーのバイクに盛り沢山の荷物を載せた友がやってきた。

買い替えたのか…。

















設営を終えた友はプリンとスプーンを手に持つ。

温泉に行きたいからと、ノンアルコールプリンで乾杯。

やがて我慢が出来なくなった彼は、黒ラベルをプシュッとすることになるのだが。

温泉は明日だな。















友と来し方行く末なんかを訥々と話した。

何故だろう、話が深い方にいく。



それも毎回だ。



物事や事象に対して感じる思いをぶつけたくなる。

お互いに感性が絡み合うのか。

何回かこうして野や街で宴を交わしているが、無言の時間でも気にならなくなったのは初めてだった。

友は言う。

「自分はそんなに気になりませんよ」

人見知りの改善には、時間がかかるものだ。

















薪割りを終えると、これまた我慢出来ずに小割りを焚き火台に放りこんだ。

オリジナルとは違って火床に細いスリットが刻まれているので、火が育つのは早い。

かといってその穴が大き過ぎないために、灰で詰まれば熾は長持ちする。
















やりたかったのが、熱燗。

何かの祝いの席で開けようと思っていた、前回友からいただいた「福小町 角右衛門」

スムースな酒とは違って、荒々しく雑味も含んだ旨い酒だった。

五徳を渡して、その上に水を張った焚火缶を載せた。

その中にチロリをそっと。

五徳の高さを変えれば、丁度良いぬる燗を長い時間楽しめた。

次回はお猪口が要るな。

キャンプ道具ではないものばかりを欲しがる。
























相当に呑んだ。

底なしに呑んだ。

翌々日が早い出勤ではないことも、心を緩めた理由だろう。

それにも増して、純粋に会話が楽しかったのだ。

20時を過ぎる頃には、また魯を漕いで出航。

ストーブに火を入れることは無かった。






















爆睡とはこのことだろう。

7時まで寝てしまうとは。

夜勤もあるため、寝る前にアラームをセットする日常。

そこから解放された。

珈琲は豆から挽こう。

そうだ、灯油だけ入れて出番の無かったアルパカがある。

一年振りの火入れであったが、アルパカは黙々と仕事を始めてくれた。











カップ麺で腹を満たし、ガリガリと豆を挽く。

香りが幕内に充満した。

いい香りに、いい時間。

燃え残りの薪にも火をつけた。

放射冷却の朝に、足元の暖。

そしてチェアを持ち出した友の存在。

グローブをした手で、相手のマグを満たす。

















道の凍結具合を確かめながら、友は帰京。

片付けられるものから、少しずつ。

一品クルマに収めては、一服。

カトラリー類の渇き具合で、また少しずつコンテナに収めていった。














灰捨て場で始末した火床は、虹色に光っていた。
































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