【雨を呼ぶ男と、晴れを連れてくる男】

一輪駆動

2023年10月20日 20:32












左車線に移ろうとミラーを見た。

いつもの所にミラーは無かった。

感覚としては、そこから視点を30cm下げたら小さなミラーがあった。

慣れとは恐ろしいもの。

身体が勝手に大型トラックのミラー位置に視線をアジャストしてしまう。



















薄い鉄板のルーフを叩く小刻みな音。

防音には無頓着なハッスル君は、雨足が激しくなったことを屋根から伝えてくる。





















既に9ヶ月が経っていた。

最後にキャンプをしてから。

月イチで連休申請を続けてきたが、極端な見立てかもしれないが、ひと月の他の28日間が晴れでも何故かその連休は雨。

何かに取り憑かれてるのか。

厄年とかお祓いまで考えた。


 

















職場を変えてからもうすぐ2年。

まったくの畑違いな業種のため、イチから仕事を学ぶ必要に迫られた。

歳を重ねるにつれ、自分のメモリーやハードディスクは反応が遅くなりまた容量が減り、普段使いのモバイルバッテリーの経年劣化が人ごととは思えなくなってきた。

「あんたも400回も放充電を重ねてればそうなるわな」と愛しささえ芽生えてきた。



















仕事を覚えるには、あらゆる人に聞きまくった。

先輩に同僚に相手方倉庫のスタッフ、他社のドライバー等々。

相手の様子を見て丁寧に挨拶から始め、正に今困っている事柄を伝える。

耳元から下を刈り上げて頭頂部だけを束ねて後ろへ流している兄ちゃんも、やけに焼けていて細いシルバーフレームに顎髭を蓄えたヲッチャンも、丁寧に聞けばこちらの質問以上に詳しくまた分かりやすく答えてくれた。

「ずっと真っ直ぐ行くと右手にセブンが見えるんで、そこから二つ目の信号を右。細い道だけど、大禁(大型車通行禁止)じゃないから大丈夫」

交差点名で教えるのではなく、大型がその大きさにより車線変更しずらい事を見越した道案内。

「それなら219番のバース近くに受付があるわ。分かりにくいけど勝手にドア開けて中へ入っていいから」

「Uターンするなら、右のミラーを擦るヤツ多いんで、左際まで寄せて電柱巻き込む様にハンドル切ってって」

この方々の善意が無ければ、今の自分は無い。

感謝している。























世はSNSやネットが全盛。

とても便利にはなったが、情報は溢れ、その取捨選択に右往左往する。

知らなければ悩む必要の無い事柄も、5インチの光る板が否応なしに吐き出してくる。

体験を通した知識よりも、映像や文字から得た知識が格段に増えた現在。

知人がソロキャンプを始めるに当たってyoutubeで情報を得たとのことで、その後の初体験のあらましを聞くと、突然の雨以外に困ったことはありませんでした、と。

ガラケーさえも無く、ポケベルがあったかどうか。

肩から吊り下げる箱携帯電話も無かった。

そんな時代にキャンプを始めた身からすると、困ったことや分からないことはいっぱいあり、その際は兎に角人に聞くしかなかった。

人に聞くにはそれ相応の礼儀や作法が要る。

確かに関係性の薄れた現代社会では、手軽に情報を得られるネットが隆盛となるのも分かるし、自身もその恩恵にどっぷりと浸かっている。

だが、まったく関わりのない人にものを尋ねる経験を通して思うことは、善意や小さな幸せや感謝の心はそこら中に転がっていて、それを掴むか通り過ぎてしまうのかなのだと。

ふと、知識も大事だが、知恵はもっと大事なことだと思うようになった。




















脱線した。

歳を食うとこれだ。

一言多いことに本人が気づいていない。

今回はひょんなことから全国制覇(沖縄を除くw)を成し遂げたはむおじさんとキャンプをすることとなった。

メール三本で実施が決定。

スピード決着に驚く。

その初日が雨始まり。

お祓いを考えている雨男が相手では、はむおじさんもさぞかし辛かろう。

連絡では、関西から雨雲を追いかけて関東へ向かいますよ、とユーモアたっぷりの返信が来た。

雨をも楽しむこの度量。

雨男も負けじと見倣いたい。



















9時。

豚ホルモン屋が開く時間だ。

外は斜めに降りしきる雨。

そこら中の水たまりも行き場をなくし、その面積を広げていた。











一坪ほどの小さな店に入った。

キャンプで焼いて食べたいんだが。

「白モツは漬け込んだ味噌だれが旨いよ」

「ひとりでこんなに食べられる?結構な量だよ」

大丈夫、友人と2人でいただくから。

「2人でも1.3kgは多いんじゃない⁉︎」

タン、ハツ、カシラ、レバー、トロ、白モツ…。

これだけの種類があれば、飽きることなく楽しめるだろう。

果たしてはむおじさんは健啖家なのか。

それに胃袋の大きさも。
























東名高速経由、厚木到着と連絡が入った。

スーパーで買い出しをし野営地に向かうと言う。

13時。

雨は、予報通り止んだ。

初めてかもしれない。

予報を頭に、雨脚の強さを見極めたのは。

約束の刻まであと1時間。

緊張はなく楽しみだけが募る。

ホルモンを手に入れた後、2ヶ所の野営地を下見し、第一候補の場所が意外と水捌けがよくそちらに決めた。

水たまりを避け、高台を選び、サーカスTCDXを張った。

そこからはみるみるうちに雲が溶け出し、青空とこの時期にしては眩しい太陽が顔を出した。
























14時。

待ち合わせのセブンイレブンに向かう。

駐車場にはオリーブカラーのN-VANとその脇に初老の知的な紳士が立っていた。

一輪駆動です、ども!

固く握手を交わした。





















「設営前に先ずはとりあえず一献!」

とヱビス350が手渡された。

乾杯!

遠いところをありがとうございます。

ところが設営前の一献は、一献だけでは済まなかった。

チェアだけ出したはむおじさんは、ヱビス350では足りずに、またクーラーへ走って行った。
























「酔っぱらってからじゃまずいんで、テント張っときますわ」

それではこちらは、その合間にホルモンパラダイスの支度を。

炭の着火用に少し焚き火を起こした。

火の安定した薪の横に炭をそっと置いた。

火が炭に移るまで、テーブル上で袋に入ったそれぞれのホルモンを小皿に分ける。

今回はどうしても袋から直接網に出したくなかったのだ。

韓国料理店に似せて、100均でステン小皿を準備しておいた。

目の前では、卓上焚き火台の向こうに、赤蜻蛉が乱舞していた。
























新幕のコールマン・ツーリングドームSTを張り終えたはむおじさんは、やっとこさチェアに腰を落ち着かせた。

その頃には、最初のカシラが頃合いの焼き加減となっていた。

落ちた余分な脂は、炭火に当たって煙を上げた。

腹は減ってます⁉︎

「昼メシ食うてへんのでペコペコですわ」

さあ始めよう、ホルモンパラダイスを。






















カシラは肉々しく、ハツは歯応えがしっかりとし、レバーの切り口は立っていた。

豚トロは焦げる手前で皿に移した。

卓上焚き火台は大活躍で、炭火を近づけて近火の強火で外側だけをカリッカリに仕上げていった。

喋りながら、肉の焼ける様を眺め、炭火の調整をし、新たな酒を作っては呑んで、写真を撮る。


忙しい。


だが、まだまだ同時に五つのこと、できるやん!と悦に入る。





















行ったことのあるキャンプ場の話や、仕事のこと、交流のあるブロガーさんについて、そして全国制覇の話に耳を傾けた。

はむおじさんは関西人らしく、話をどこかでオトそうとし、その度にニヤけていた。

彼はいそいそとトランクから【酒 十石(じっこく)祝 純米吟醸】を持ち出してきた。

更に、【英勲 やどりぎ 純米大吟醸】も。



一口含んで、これはヤバいヤツや…



良き米と、良き米麹と、良き水と。

日本人の根幹に染み渡る味わい。

日が陰るにつれ、赤蜻蛉は数を増していた。

















はむおじさんはクルマからエレキテルの様な器具を持ち出して、バーナーに載せていた。

うずらとはんぺんを燻らすと言う。

関西ではあまり見かけないはんぺんが出てきたことに少々驚いたが、これは彼のご当地食材を食するという一環かもしれない。


























瞬く間に【じっこく】は空になり、それぞれの呑み代に移った。

豚トロが焼けた頃合いで、彼は「これはビールでしょう」と、またクーラーへ走った。


いやいや腰が軽いのう。


こちとら、手の届くところに全てを配置し、なるべく立ち上がらない様にとしているのに。





















夜が更けてきた。

次にクーラーから現れたものは、太いソーセージであった。
断りを入れ、焚き火の炎で炙った。

ホルモンを焼く仕事で、卓上焚き火台は役目を終えていたからだ。

噛み切るには少し力の要る皮が裂けると、中は肉汁がこれほどまでに含まれていたかと唸る逸品。

2人でヒーヒー言い合いながらチョリソーをいただき、今夜の肉肉しいパーティーは終了。
























2時起きの身体は、シュラフに潜ることを強く望んでいた。

肌寒さにパーカーを着て寝ようとすると、左袖に違和感が。

脱いでみると、そこにはコオロギが宿泊していた。

ぴょんと飛んで闇に消えていった。





























無数の鳥の囀りで自然と目が覚めた。

いつもながらこの起き方は気持ちが良い。

時間指定の無い高笑いよりも。

21過ぎに呑み過ぎと喋り過ぎで撃沈してから、4時まで熟睡だった。

夜半にトイレに起きることもなかった。

しっかりと充電完了。

身も心も睡眠欲も食欲も満たされた。

幕を出ると、吐く息が僅かな太陽光に照らされて白く光った。

季節の移ろいをその白さで実感した。













 













甘露の水を身体に入れたくてクーラーを開けると、そこには板氷の上にナムルと宮のたれが鎮座していた。


あー、忘れていた。


昨晩出す予定だったのに。

肉ばかりでは味気ない、そして味噌だれや塩胡椒以外にも味が欲しい、そう雨の中で考えていたのに。

酒量上限令を出さねばなるまいか。






















ポンピングでエアを送り込み、バーナー部にジッポの火を近づけた。

沸いた湯に、珈琲粉を5杯。

ゆっくり蒸らしている頃合いで、はむおじさんが幕のファスナーを開け出てきた。

何故かなかなか寝付けず、5〜7時の2時間だけ落ちていたとのこと。

昨晩のホルモンが刺激的すぎたのか。

蒸らした珈琲を味わう。

やたらと食べたかったバームクーヘンと共に。

正に期待通りのコンビ。




















こちらはカップヌードル、あちらは幕の乾燥。

それぞれの時間が過ぎていく。

車中泊仕様となったN-VANの所定の位置に荷物を収めていく。

近いうちに冒険家ブロガー 八兵衛さんともコラボをすると言う。

旅話に花が咲くことだろう。

はむおじさんは次の宿営地 半島へ旅立っていった。























晴れ男は南へ。

雨男はもう一泊するか。















 










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