秋田の最後の朝を迎えた。
シュラフ内でまず思った。
なんだろう、この違和感。
そうか、TC生地が明るいからだ。
慌ててジッパーを二つ引き上げ、幕の外に出てみた。
青空だ。
それも抜ける様な。
思わず天に両腕を伸ばした。
その時に決断した。
人生の行く末を。
これまでの営地での朝は、遮光性もあるグリーンの幕体はいつもどんよりしていたから。
予報はいい方に転がったのか。
確認すると一時間とは言わず、しばらくこの晴天が続くとのこと。
肩の力がスーッと降りた。
40分撤収に身構えていた全身の力は抜け、ゆとりを持って秋田の最後の朝を過ごせる気がした。
そうなるとゆったりとコーヒーを淹れたくなる。
気分とはこうも上がり下がりするものなのか。
天候に翻弄されながらも、その変化に惑わされずにいたいと思ってはいたが、どうしても段取り重視になっていた今回のキャンプ旅。
馬や兎向けクリームシチューをアルパカストーブの上に載せ火を入れておきながら、幕外で熱々コーヒーをすする。
その横ではコロナ禍で便数の減った秋田空港からの旅客機が飛び立つ。
長めに火を入れたシチューは、ヒトの食べる野菜の固さになっていた。
昨日、友の言う水捌けはあまり良くないのでサイト選びは慎重に、を実行したおかげで、幕を張ったエリア以外はブーツがびちゃびちゃと音を立てるほどの全面水溜りであった。
カトラリーを洗いに行くにも、焚き火台の灰を捨てに行くのにも、びちゃびちゃまみれ。
最後になるであろうゴミ袋撤収を済ませた。
予報では福島県は晴れ。
幕を乾かせればいいな。
協和ICから高速に乗る。
前後にはクルマの姿が見当たらない。
山間に近づくと目の前には黒雲が迫ってきた。
何故だ。
また予報を疑う事となった。
秋田道が一車線に減る頃に、また大粒の雨が落ちてきた。
北上JCTで秋田道に別れを告げると岩手県に入った。
この旅、6県目。
節約のため、昼はコンビニサンドイッチ。
人の気配を感じないガランとしたほとりの遊びばに到着。
以前は無かった男性用トイレが目に入った。
右手には管理棟も毅然として存在していた。
タープの受付だった頃が懐かしい。
インスタのDMにほとり君から着信があった。
「お好きなところへ張っていてください」
よし、ここのベストなロケーションに張らせてもらおう。
2本の樹の間から、磐梯山が望めるサイト。
ゴミ袋から出したサーカスTCDXの庇部分を磐梯山に向けて建てる。
建てたらイスとアルパカだけ出して、ヱビスを開栓し旅最後の日を始めた。
もちろん助六寿司も合わせて。
サイトから青空を見るのは久しぶりだ。
お稲荷さんも最高に旨い。
磐梯山はまだ雲に隠れているが、この雲の動きであれば程なく望めよう。
サイト内にギアを運び込み、散歩に出かけた。
曽原湖に彩りを落とす紅葉。
素晴らしい。
世の中に何が起こったとしても、毎年変わらず目を楽しませてくれる景色。
心を膨よかにさせてくれる自然。
彩りの差はあれど、それも年毎の味わい。
走行距離合計1,360kmの旅もラストを迎えた。
その事も感慨深い。
東京を出発して西へ向かえば、九州は鹿児島市辺りまで行ける距離。
そこにトラブル一つなく付き合ってくれたハッスル君にも感謝。
あれだけ見たかった青空も、終わりを迎えていく。
夕暮れとハリケーンランタンの灯火と。
今夜はごま豆乳鍋。
野菜、椎茸を切って、煮込む。
昨晩みたいな根菜は無いので、気が楽だ。
ヤワラケーにならぬ様、煮込み過ぎないくらいにしとこう。
今夜はしっぽりとお籠りキャンプとしよう。
少しだけサーカスの裾を開いてCO対策とし、アルパカ上にごま豆乳鍋を移す。
はふはふ、ほふほふ。
何でこんな早食いなのだろう。
あっという間に食べ切ってしまった。
ぬくぬくとした幕内で、焼酎割りを片手に小説三昧。
今夜は司馬遼太郎著 「国盗り物語」
悪鬼羅刹の斎藤道三になりきってみるか。
東京へ帰る朝は見事に晴れた。
磐梯山は光り輝き、落ち着きさえ与えてくれた。
熱いコーヒーで目を覚まし、しばし眺める。
時間の観念さえも忘れさせる地、ほとりの遊びば。
また訪れるとしよう。
途中、香の湯で旅塵を流し、ソロ露天を心ゆくまで味わう。
こちらもぬる湯露天風呂なので、ぼんやりと紅葉を眺めつつ浸る。
決断を祝うためにも、何か豪勢なものを自分に振る舞ってあげたくなった。
スマホマップで見つけた、「ウッドペッカー」
旨いステーキが食べたい。
それも舌の上で脂が溶けてしまうような。
ウッドデッキから続く階段を上がると、重厚なドアが待ち構えていた。
キャンプ帰りに訪れる店ではないなと感じ、ついついこんな服装でも大丈夫ですか?と聞いてしまった。
「もちろん、何も問題ありませんよ」と笑顔で返された。
壁には薪ストーブが設えてあり、その両隣りにはオーディオファンなら飛びつきたくなる大型スピーカーが鎮座していた。
カウンターの隅には、プリアンプ、メインアンプの筐体がずらりと並び、音を聴きにコーヒーをいただきに来たいお店だなと感じた。
米沢牛いちぼ200g
もう陳腐な感想はよしておこう。
肉とはこうだ!
脂さえも味わえ!
そんな脳天に稲妻が走る味。
いい祝いが出来た。
さあ、今度こそ東北道に乗ろう。
友とハッスル君に感謝して。
完