暫くぶりで平日に野に出た。
それも久しぶりのホームキャンプ場。
オーナーは元気だろうか。
心労は如何に。
一昨年の台風で高台のサイトもろとも濁流に呑まれ、甚大な被害を被った。
オーナーの心模様と、そこからの復興具合の心配もあり足を運んだのだ。
災害以前の土曜早朝に、受付待ちのクルマが40台近く並んでいる様子を見て、こちらも暫くは見合わせだなと思っていた。
なにせ営地で朝から過ごしたいのだ。
出来るだけ長く自然の中にいたいのだ。
「あら、久しぶり!ここんとこ、顔見せないからさ」
おかげさまで。それより◯◯さんはお元気でらしたの?
「元気は元気なんだけど、サイトの復旧工事がなかなか大変でさあ」
今日は晴れ予報。
明日、午後から崩れるらしい。
いつもの野営地より標高が高いのと放射冷却で夜間の気温は下がるであろうし、朝露も多いだろう。
果たして翌朝は、曇天の中、雨が降り始める前にすべてのものは乾くのだろうか。
また始まった、これだ。
段取り。
心配。
予定を組んで安心を求め、イレギュラーへの対応に注力する。
必要な事ではあるが、最近それが行き過ぎている。
行き過ぎは、物事の面白味を削る。
でも言葉を変えて、見通しと思えばいいのか。
都合良く捉えてしまうヲッサン。
ランタンはいつも地べたかテーブル上。
今日は木から吊ってみたくてこのサイトを選んだ。
サーカスの入口を渓流とその上に新緑を誇る樹々が生い茂る方向に向ければ、左手には横に渡る太枝が。
落ち枝のある場所なら三又にして吊る方法もあるが、探しても見当たらなかったのだ。
太枝から短いパラコードとカラビナで頃合いの位置にランタンを吊る。
これは夜が楽しみだ。
サーカスは設営が楽だ。
ハンモックでいこうと決めていたが、ハンモックを吊れる樹々は土石流で流されていた。
吊ることが出来ない現実を知り、災害がまた違った角度で心を揺らす。
朝が早かったため、11時前には腹が鳴っていた。
ヱビスと柿の種でその場は凌いでいた。
盛岡温麺というのが家にあった。
麺を茹でながら、スープは別鍋で希釈して温めるという、手間のかかる麺である。
平打ちの麺は面白そうな歯応えを想像させた。
鍋に水を300cc入れて、スープを飛び散らかさない様に慎重に袋から投入。
脂が浮いている姿にウキウキするなど、50過ぎのヲッサンの風上にも置けない。
まあ独特な味だった。
それを言う前に、何か具材を用意しろ!っての。
素麺ではなく、素の麺でしかない。
本日、選んだ小説は、大沢在昌著「風化水脈」
面白くて、やたらと入り込み過ぎて、ラーメンが伸びるまで放っておいてしまうほど。
因みにそれを恐れて、食べ終わってから読み出した。
ヲッサン、少しは学ぶのである。
夕方になると気温計の針は6度まで下がっていた。
クルマに常駐のダウンを出して羽織る。
ジッパーを上げる時に、ポツンポツンと白いものが目に入った。
おっと、羽毛が三ヶ所顔を出していた。
火の粉にやられたな。
コンテナの中にパッチ入ってたかな。
ものぐさ大王なので、折れ曲がりながらもパッチはあった。
カシッカシッ、ジッポもオイル切れか。
確かコンテナにオイルがあった筈だ。
ものぐさ大王なら、家に持ち運ばずコンテナの底に転がっているだろう。
やはりあった。
それも二缶も。
ここまでくるとものぐさ帝王レベルである。
あまり褒められたものじゃないけど。
トンビが川面すれすれを羽を目一杯広げて水平飛行し、また5〜6回羽ばたいて3mほど浮き上がる。
視界から消えるまで、その繰り返しを見つめた。
本だけ読んでいても、焼酎割りを煽るだけでも、何故だか腹は減る。
山に登った訳でも、長い散歩をした訳でもない。
燃費の悪さは昔から。
アメ車の様だと、知人は言う。
さてと湯煎大王のお出ましだ。
アルストの燃料ボトルもあと僅か。
残りは翌朝の珈琲にとっておこう。
朝のポンピングは避けたい。
音にしろ、冷たさにしろ。
焚き火を起こし、熱で変形したスピットを2本渡す。
フレアスカートの様に裾が広がっていて、そのうち火の中に落ちそうだ。
やはり建材薪はよく爆ぜるな。
ダウンに火の粉が飛ばないといいのだが。
以前の失敗を繰り返さぬ様、今回は大小二つの鍋で湯煎する事とした。
前は大鍋一つで温めたところ、ぬるい中華丼を食う羽目になったからだ。
かなり長めに湯煎したら、サトウのご飯も麻婆豆腐の素もトロントロン。
流動食の様だった。
それ言う前に、ネギでも豆腐でも用意しとけ!っての。
しょうがない、なんたってものぐさ帝王だもの。
点滴ご飯で腹が満たされたら、柿の種と焼酎割りで、また読書三昧。
もう何十遍と読んでいるのに、今もワクワクする。
稀代のストーリーテラー、大沢在昌先生。
こんな物語、書けたらいいのに。
樹から吊るしたランタンは、辺りをぼんやりと照らし出し、いい雰囲気だ。
もう今宵はLEDランタンも出さないことにする。
雰囲気に酔う。
決して焼酎ではなく。
持参した酒を呑み切って、燠火を確かめたら、幕のパラコードを外して中に籠る。
本を支えるのにシュラフから出していた両腕の冷えで、落ちていた事に気付く。
これ以上、本を読むのも限界だ。
せせらぎと蛙の合唱を聴きながらという、欲していた至高の環境が眠りの世界へと誘う。
ウグイスの鳴き声、稜線の方角から聴こえるトンビの声を目覚ましにして起きた。
5:32。
そういや昨晩は蛙の声が子守唄だった。
アルストの燃料が切れたところで、湯が沸いた。
今回はしっかりと多めの4杯の珈琲粉を投入して、プレス前の蒸らす時間もたっぷり取った。
どんよりとした濃いグレーの雲の下、雨の気配に少し焦りながらも本来の味の珈琲を味わった。
チェアからぼんやりと望むと、日帰りの方でヘキサタープを見事な稜線を描きながら設営する男性二人組がいらした。
そのうちの一人が、銀色の筐体を日に照り返しながら、マルキジオのウォータージャグを持って炊事場へ向かわれた。
「こんにちは。お邪魔してすみません。仲間と小学校の時の友達でコバちゃんに似てるなあと言ってビックリしてたんですよ」
という事は、お仲間は小林さんでらっしゃる⁉︎
「そうです、そうです!コバちゃん、キャンプやってんじゃん!と」
三杯目の珈琲を飲み終え、目の前のタープへ歩いて行く。
それでは、コバちゃんは上がります。ごゆっくり!
「お気をつけて!」
いっとき違う人間になる面白さ。
お気に入りの温泉へ寄っていこうと左折してしばらく行くと、クルマ一台しか通れない山道へとさしかかった。
コーナー毎にカーブミラーが据えてある。
ここはいつも緊張するのだが、往き道のみだと割り切って、くねくねとカーブミラーを注視しながら進んだ。
帰り道は二車線あるのだ。
ところが分岐に着くと、帰り道が通行止め。
崩落でもあったのか。
帰りも緊張する事となったので、いつもより長めに湯船に浸かっておくとしよう。
源泉風呂では、地元の日に焼けたお爺さん方が、幾分抑え気味な声で話をしていた。
「◯◯温泉は良かったなあ」
「甲府の先のかい⁉︎」
「そうそう、回数券が安いんだ」
「でも下道じゃキツかろう?」
「裏道行くから心配は要らねえ。国道は動かんけどな。□□温泉より近いぞ」
「そんな事はねえ。□□温泉の方が手前だ」
「それは高速使うからだろ?」
「あー、そうだ。帰りは下道をとろとろと行くけどな」
「にいちゃんに運転してもらうのか⁉︎」
「もうこの歳になると2時間の運転は辛いからな。だけど車検だから日産に持ってってるよ」
(アレッ、◯◯温泉と□□温泉は結局どちらが近いんだ⁉︎ んっ、結局誰のクルマで誰が運転してたんだ⁉︎ 気になるなあ…)
なんて地元のヲッチャンたちの話を聞くでもなく楽しむ。
露天風呂からは道志の山々が見渡せる。
そのうち、軽登山を再開するか。
それには自分のブッシュクラフトザックでは重過ぎる。
そしてまた店舗のザックを下ろしては背負い、また壁に戻す営みが始まってしまうのである。
趣味は循環するものだ。