身体中が痛くて起きた。
流石に小さな石ころだらけの渓流沿いでは、無理もある。
初冬を迎えた山中は、午前4時頃にマイナス気温に突入していた。
拓馬は腰をさすりながら、幕の入口のジッパーを上げた。
よく噛むな、このジッパー。
冷えと身体の痛さに悲鳴を上げているというのに、更に追い討ちをかけられた気分になる。
しかし目に飛び込んできたのは、川面にキラキラと反射する太陽光。
こんな些細な事で気分は持ち直した。
銀マットもそろそろ卒業か。
拓馬は仕事帰りに郊外のアウトドアショップに立ち寄った。
階段を登った2階がキャンプコーナー。
中央にはスノピの大型幕が展示され、家族連れが中のチェアに座っていた。
聞くともなく聞こえてきたのは、「家族分揃えたら、結構な額になるね」
そうなのだ。
自分の思うサイトを作ろうとすると、初期投資は半端ない。
それを揃えたからといって終わりではなく、実はそこが沼の入口。
それにしても混んでるな。
物色している様子を眺めると、これから始める人が多い様だ。
そこだけ原色ギラギラですぐに目についた。
シュラフ、マット、シュラフカバーが棚に整然と並べてあった。
シュラフもしっかりしたものが欲しいが、そこはまだ我慢のしどころ。
拓馬は欲望を抑えるのに必死だった。
欲しいものは山ほどあるが、先ずは身体の痛みが出ないマット探しだ。
視線をシュラフ棚から無理矢理外した。
サーマレスト、イスカ、モンベル…
EVAフォーム…
インフレータブル…
銀マット…
横を通った店員を呼び止め、聞いてみた。
その彼は山屋さんの格好をして物腰が柔らかそうだったからだ。
これみよがしに商品説明をされるのは苦手。
彼はそんなタイプには見えなかった。
「お探しのものなら一度試されます?そこのアライテントの中に、インフレータブルのものとEVAタイプのものと敷いてありますよ」
拓馬はコンバースを脱いで、幕内に入ってみた。
空気が入れられたイエローのマットの角には、
mont-bell U.L.COMFORT SYSTEM PAD CAMP38 180
との表記があった。
ゆっくりと寝転んでみた。
なんだ、これは。
柔らか過ぎず、かと言ってパンパンに固い訳でもない。
こんなに快適なのか。
寝返りを打ってみると、肩から腰までの線に合わせて、程よく沈む。
いいなあ、これ。
長さも180cmある。
畳むのは、丸めて直径10cm強か。
EVAフォームマットには目もくれず、拓馬はレジに並んでいた。
電車内ではチラチラ見られた気がした。
その人たちもキャンパーなのかな。
翌日、拓馬の姿は道志の森最奥にあった。
アフリカツインのエンジンを止め、メットを脱ぐのももどかしく幕をちゃっちゃと建てた。
どうだ、やっぱり銀マットとは違うか⁉︎
外側のビニールを取りしぼめてあるロックを解き、平らに伸ばしてみた。
勝手に空気を吸い込み、どんどんと膨らんできた。
膨らみは途中で止まり、後は注入口から息を吹き込んだ。
よっこらせと、そっとお尻から寝転んでみた。
まだガキん時に、浮き輪へダイブして穴を開けたのがトラウマで、どうしても空気ものはそっと乗ってしまう。
ホホーイ!こりゃいいや!
拓馬はマットに頬を擦り付けた。
インフレータブルマット
mont-bell U.L.COMFORT SYSTEM PAD CAMP38 180
これこそが沼の始まりだった。