小さなガラスボックスの中に君はいた。
駅前のデパート、6階のペットショップ。
トライカラーで額の白毛がくるんと曲がっていたのがチャームポイントだった。
探していたのは君だって、すぐに感じた。
京急線の一駅を、段ボール箱の中でピーピー言いながら家へ連れて帰った。
掌の上に乗るほどに小さい君。
家に着くと、知らない場所だからか不安そうにピーピー鳴いていた。
パピヨンの女の子だから、パピ子。
その当時小さかった我が子が好きだったのが、アイスのパピコ。
シンプルだけどとっても気に入った名前だった。
その頃一番落ち着いていたと思うのが、小さな舌でヤギミルクをぴちゃぴちゃと飲んでいる時。
「ヤギミー、飲む?」って聞くと、尻尾をふりふり。
何かしらお腹に入れてくれるとホッとしたのを覚えている。
トイレの場所もすぐに覚えた。
待てやお手を覚えるのには時間がかかったな。
まだワンワンではなく、ミャーミャー鳴いていた。
そのうち「さんぽ」って言葉を覚えた。
散歩用の黄色のヱビスバッグを持ち出すと、ケージの中で尻尾をふりふり散歩の期待に溢れていた。
ペットボトルに水を汲む段になると、嬉しくて待ちきれずに吠えていたっけ。
だから「散歩」って言葉を言わない様にして、家族内では行ってくるだとかパピ子に分からない言葉で暗号の様に会話をしていた。
川の土手、神社、遠目の公園、若い頃はそこまで足を伸ばしていた。
玄関を出るまで排泄を我慢していた様で、外へ出て二、三歩すると屈んでいた。
おいおい、道の真ん中だってのに。
友だちが好きで、散歩中も見かけるとズンズンと寄っていった。
帰りもへこたれる事なく、元気に戻ってきた。
まん丸のベッドに、まん丸になって寝るのがお気に入り。
脚から尻尾からすべてそこに収まるようにしているその姿が殊の外かわいくて。
なにしろ無駄吠えをしない子だった。
パピが鳴く時は、何かしらの理由があったから。
仕事から帰ってくると、寄ってきて頭をズボンに擦り付ける姿に癒された。
撫でる時は、「パピ、ゴシゴシしていい?」と聞いてから。
その声を聞くと、安心した様子で身体の力を抜いていた。
シャンプーをする時は、じっと耐えていた。
「いつ終わるの?」って表情でこちらの顔を伺ってたっけ。
お風呂で排泄しちゃいけないと思っていたらしく、脱衣所に戻ると気持ちよさそうにおしっこをしていた。
後始末が大変なんだ。
舌の先をチョロリと出すのがかわいくて。
この時は何故かウィンクまでしてくれた。
大好きな散歩も家の周囲をぐるっと回るのが精一杯になってきた。
玄関で待てずに排泄してしまう事が増えてきた。
食べない時は心配だった。
サプリや缶詰を用意して、なんとか食べてもらおうと努力した。
パピ用のキャリーカートを用意した。
歩けなくても外の空気を感じられるように。
目が段々と白く濁ってくるとともに、見えなくなっている様だった。
壁に頭をぶつける事が増えた。
三階で寝る様になった。
夜中に騒いだり、吠えたりが多くなった。
目が見えなくなったから、行き止まりでもがくと吠える。
この頃から、反時計周りにひたすらぐるぐると回り続ける様になった。
三階のどちらの部屋でも状況は変わらず、ヒトが寝られない日々が続いた。
夜間は一階、日中は三階で過ごすことになった。
建具にぶつかって行き場がないと吠えるので、段ボールで囲う様にして角をなくした。
目が見えないので、ごはんや水の容器に何度も足が入ってしまい、部屋はその足跡でいっぱいになった。
仕事から帰宅すると、まずはその足跡をきれいに拭くのが日課となった。
そんな時、ついつい怒っちゃった。
自分に余裕がなく、目が見えないからしょうがないのに、怒っちゃった。
ごめんなさい、パピ子。
自力で立ち上がれないことが増えてきた。
肉球に当たる毛を切っても、それは変わらなかった。
何度も立ちあがろうとトライして叶わないと吠える。
それが夜中にも起きる様になった。
家族はギリギリの状態だった。
家族内で言い合いにもなった。
でもそれはすべてパピを想うからこそ。
2021年8月13日19:00 パピ子永眠 16歳7ヶ月
パピヨンの寿命、14年を大幅に超える時間を共に過ごした。
大好きな家族の一員が欠けてしまった。
目の前からいなくなる、もうこの手で撫でることも出来ない、ただただその事がとても悲しくて。
一緒に暮らした16年、どれほどの愛をもらったか。
あなたからもらったすべてに感謝します。
ありがとう、パピ。
またどこかで会おう。