アフリカツインは野太いエキゾーストノートを撒き散らしながら、みなとみらいを過ぎていた。
高層ビル群は視界から消え、カモメの舞う埠頭の景色となった。
バーハンドルの左には首都高湾岸線の高架や、横浜港に停泊する船舶が漂っていた。
グローブ越しでも冬の風の冷たさを感じて、信号待ちの間に両手を擦る。
コンテナトレーラーと別れて、スロットルを緩め左折すると、ダークブラウンの外壁に覆われたお目当ての店が見えた。
mont-bell 横浜しんやました店
以前購入したインフレータブルマットの寝心地のよさに味をしめ、実際に店舗を覗いてみようと思ったのだ。
一番奥にアフリカツインを止め、ヘルメットをバーハンドルにかけた。
ドアをくぐりアルコール消毒を済ます。
いきなり目に飛び込んできたのは、パドルを携えたカップルのマネキン。
もうその時点で、拓馬の心は野に飛んでいた。
凪の湖面にパドルでつけた足跡。
それはゆっくりと鏡の湖面に戻っていく…
落ち着け、俺。
店舗左手はウェアにシュラフにギアたち。
まずはそちらから見て回るか。
おっと、マスクを忘れていた。
慌ててバイクに戻った。
早くこの段取りが要らない世の中になって欲しい。
色とりどりのダウンジャケットの奥には、シュラフ、マットがうず高く積まれていた。
俺が今持っているスリーシーズン用格安化繊シュラフ。
それを卒業したら、次に選ぶものは何か。
オートキャンプならバロウバックでも積載に問題は無いが、ザックに入れて背負う事を考えたらやはりダウンハガー。
赤が眩しいダウンハガー800#0か、それとも黄色のダウンハガー800#2とシュラフカバーか…
歩を進めると、様々な容量を誇るザックたちが壁一面に掛けてあった。
モンベルは独特のカラーだな。
いずれ山にも登ってみたい、野営でのキャンプもやってみたいと考えている拓馬は、ザックを前にして妄想してみた。
手持ちのギアをザックの下から順番に収納してみたのだ。
45Lであってもシュラフだけで1/4から1/3は食ってしまう。
もしやるなら、他のギアも含めてU.L.化が必須事項だな。
アイゼンを取り付けた登山靴。
このゴツさ、スパルタンな趣には血が騒ぐ。
拓馬の友人に山屋さんがいた。
彼の登山靴と同じものが棚にあった。
通路で出会う店員さん、みんな声をかけてくれる。
一際存在感を発揮しているカヌー&カヤックコーナー。
空気を入れて船体を形作るインフレータブルカヤック。
触ってみると圧着された接合部にしても生地厚にしても信頼に足るしっかり感。
拓馬の中で何かが変わった。
カヌー、カヤックは湖にしろ河川にしろ、クルマのルーフに積んで向かうものだとの固定観念があったからだ。
CHINOOK120、これいいな。
実際に店舗の目の前から横浜港へ出艇する講習会もやっているらしい。
インフレータブルタイプがある事を知って、拓馬は急にカヤックが身近なものになった。
そうなるとフォールディングタイプもすぐに見たくなった。
奥まで行くと、ラックに幾種もの船艇が飾ってあった。
近くで見るカヤックは、イメージしていたより大きく、周囲を圧する。
その中でも、アルフェックのアリュート380Tに釘付け。
フレームを組んで船艇生地を被せるタイプだ。
前のシートにザックを載せて川を下るのも面白そうだ。
拓馬は40歳になったら、カヤックで川下りをする目標を心に刻んだ。
やっとキャンプギアのコーナーに来て、拓馬は少し落ち着いた。
登山にしてもカヤックにしても未だ知らない世界だから、いくらか緊張していたのかもしれない。
メリノウールのソックスに黄色の持ち手ラバーが特徴的なクッカー類。
クロノスドーム1にステラリッジ1。
山でテン泊なら迷わずコレだろう。
ボトルやマグも、女子が飛びつきそうなカラーが並んでいた。
彼女とお揃にするか。
色違いで。
OD缶やESBIT、JETBOILも揃っていた。
拓馬は立ち止まった。
小さなサイズのものが目に留まったからだ。
彼女と結婚して子どもが産まれたら、こういうの着せて一緒にキャンプに行きたいな。
現実に戻ると、白と青のバイクがあった。
昔、高校時代に輪行で旅に出たっけ。
前後輪外して輪行バッグに詰めて。
ホームで電車を待つのが、なんだか誇らしかった。
既に拓馬は山に登り、テン泊し、その後カヤックで川を下り、自転車で次の幕営地まで走った気分になっていた。
実行はこれからだ。
写真の掲載については、mont-bell東京営業所広報部およびmont-bell横浜しんやました店の許可を得ています。